礼拝が終わり、アレンは友達のロブとサンと一緒に市場で遊んでいた。市場はいつものように賑やかで、色とりどりの果物や野菜が並ぶ露店の中、露天商たちの元気な声が飛び交っている。ロブとサンと一緒に冗談を言い合い、しばしの間、勇者として選ばれたというプレッシャーを忘れて楽しんでいた。
そんな時、不意に背後から声がかかった。
「おやおや、勇者様じゃないか。こんなところでお目にかかるとはねぇ」
アレンは驚いて振り返ると、そこには古びたローブをまとった小柄な老人が立っていた。目の周りには深い皺が刻まれ、白髪交じりの髭が長く伸びている。彼は市場の片隅でよく見かける古物商のおじいさんだったが、今まで話したことは一度もなかった。
「君がアレン、勇者様か。まったく、噂はすごいもんだねぇ」
老人はニコニコと微笑んでいたが、その目にはどこか鋭い光があった。ロブとサンが冷やかすように笑い出す。
「ほら、アレン。勇者様だってよ、あの古物商のおじいさんも知ってるんだな!」
「やっぱり有名人だな、アレン!」
アレンは苦笑いを浮かべながら、古物商のじいさんに向かって口を開いた。
「あ、どうも。えっと…何かご用ですか?」
老人はゆっくりとアレンに近づき、親しげな様子で肩に手を置いた。
「いやいや、特に用事ってわけじゃないさ。ただね、君を見て、少し話しておきたくなったんだよ。勇者に選ばれたってことは、大変な役割を担ったってことだ。だが、それだけじゃない。時には心が迷うこともあるだろう。そこでね……」
おじいさんは声を低くし、さらにニヤリと笑った。
「どうだい、君に少し役立つものを見せてあげようじゃないか?」
アレンは突然の提案に困惑した。古物商のおじいさんが自分に役立つもの? 怪しさは拭いきれないが、興味が湧いた。ロブとサンも不思議そうにそのやり取りを見守っている。
「え、何を見せるんですか?」とアレンは尋ねた。
すると、老人は自分の背負っていた小さな袋を開け、中から一冊の古びた本を取り出した。その本は、装丁がボロボロで、紙も黄ばんでおり、まるで何世代も前のもののように見えた。
「これだよ、坊や。この本には、古い時代の勇者たちがどう生きたか、何を考えたかが記されている。君がこれから進む道に、きっとヒントになるだろうねぇ」
アレンはその本を手に取り、表紙をじっと見つめた。確かに古びているが、何か重厚なものを感じさせる本だ。しかし、その反面、どこか不気味さも漂っている。
「本当ですか? これを読んだら、何か役に立つんですか?」
おじいさんはさらに笑みを深めながら答えた。
「もちろんだとも、坊や。勇者の役割は、ただ剣を振るうだけじゃない。心の強さも必要だ。さあ、持って行きなさい。きっと君の助けになるだろう」
アレンは少し警戒しながらも、その本を受け取った。何となく、このおじいさんも自分を利用しようとしているのではないかという気がしてならなかったが、同時に何か引き寄せられるような感じもした。
「……ありがとうございます。でも、これ、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫さ、大丈夫。君のような若者にこそ、必要なものだからねぇ」
おじいさんは軽く手を振り、ニヤニヤとしたまま、ゆっくりと市場の雑踏に紛れ込んでいった。アレンは手に持った古びた本を見つめながら、複雑な気持ちに囚われていた。
「おいおい、アレン。そんな怪しい本、持って帰って大丈夫か?」とロブが言った。
「そうだよ、あのおじいさん、なんか変な感じだったしな……」とサンも不安げな表情を浮かべた。
アレンはその言葉にうなずきつつも、手にした本から目を離すことができなかった。何か、この本には秘密がある。読み進めたら何かが分かるのではないかという、得体の知れない期待感があったのだ。
『星の王子さま』 by サン=テグジュペリ
アレンが手にしていたのは、『星の王子さま』という古びた絵本だった。物語は小さな星に住む王子さまが、さまざまな星を旅しながら、愛や友情、人生の意味を探求する内容だ。表面上はシンプルな子供向けの絵本に見えるが、深い哲学的なメッセージが込められているとされている。
アレンはこの本を開くべきか、まだ迷っていたが、何か大事なことがこの本には書かれている気がした。
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