日曜日の朝、アレンは家族とともに教会の礼拝に参加していた。礼拝はいつもと変わらず静かで厳かな空気が漂っていたが、アレンの心はそれとは裏腹に、何か重苦しい気持ちで満ちていた。勇者として選ばれたという事実が、心にずっしりと重くのしかかっている。周囲の期待や家族の反応も、ますますその重荷を大きくしていた。
「勇者として選ばれるなんて、まったく俺には向いてないんだ……」
そう心の中で呟きながら、アレンは牧師の話を聞いていた。しかし、その内容は全く頭に入ってこない。父アドルと母メイは、まるで自分たちが誇らしいと言わんばかりに、教会にいる他の信者たちと話している。周りの人々も、何やらアレンのことをひそひそと話しているのが感じ取れた。
礼拝が終わり、アレンと家族が教会の出口へ向かおうとしたとき、牧師が静かにアレンの名前を呼んだ。
「アレン君、少し話があるんだ。ちょっとこちらへ来てくれないか?」
牧師の声は穏やかだったが、どこか奥に隠れた意図を感じさせる響きがあった。アレンは、何か嫌な予感を覚えながらも、牧師に従うしかなかった。父や母は気にも留めず、笑顔で「行ってきなさい」とアレンを送り出す。
牧師の個室に案内されると、アレンはますます緊張感が高まった。静かで落ち着いた雰囲気の部屋であるはずが、牧師の眼差しに何かしらの意図があることを感じ取ったからだ。
牧師は微笑んでアレンを迎え入れ、机の前に座るように促した。
「アレン君、君が勇者に選ばれたという話は本当に喜ばしいことだよ。だが、君はまだそのことについて戸惑っているんじゃないか?」
アレンは驚いた。牧師が自分の心を見透かしているような気がした。しかし、アレンはどう返答していいのか分からず、ただ曖昧に頷くだけだった。
「うん、分かるよ。勇者になるというのはとても大きな責任を伴うことだからね。しかし、君は特別だ。神のご加護を受けた者なんだよ。だからこそ、君にはこの役割を全うしてほしいんだ」と牧師は言ったが、その言葉には、どこか薄っぺらい響きがあった。
アレンはその時、牧師が本当に自分を心配しているわけではなく、何か別の目的があるのではないかと感じ始めた。牧師の言葉には、下心が感じられるのだ。アレンの心にざわつきが広がっていく。
「アレン君、実は……君に少し協力してほしいことがあるんだ」と牧師が話し出した。
「協力?」とアレンは訝しげに問い返した。
「そうだよ。君が勇者として選ばれたことを、もっと多くの人々に知ってもらいたいんだ。君は、村の象徴として、信仰のシンボルになれる存在なんだよ。それによって、教会もさらに発展することができるし、村全体も栄えるだろう。もちろん、君にとっても悪い話ではないと思うんだが……どうだろう?」
牧師の目が輝き、まるで商売話を持ちかけるかのような調子で話していた。アレンは完全に疑念を抱いていた。牧師は、彼を利用して何か利益を得ようとしているのではないか。自分のためではなく、教会や村の利益のために動こうとしているのが透けて見えた。
「でも、僕には勇者としての自覚もないし、何もできないんです。ただ、選ばれただけで……本当に、どうすればいいのか分からないんです」とアレンは正直に言った。
しかし、牧師はアレンの不安には耳を傾けず、むしろその言葉を押し流すかのように話し続けた。
「そんなことはないよ、アレン君。神が君を選んだのだから、それだけで十分なんだ。君がいるだけで、人々は希望を持つことができる。だからこそ、君にはもっと前に出てもらいたいんだよ。さあ、どうだろう? 一緒に村を盛り上げていかないか?」
アレンは完全に困惑していた。自分がただの道具として利用されようとしていることに気づきながらも、それを拒否することができなかった。牧師は微笑みを浮かべたまま、強引に話を進めようとしている。
そして最後に、牧師は何かを取り出した。
「これを読んでみてくれ。勇者としての役割を果たすために、君にとって必要なことが書かれている本だ」
そう言って、牧師はアレンに一冊の絵本を手渡した。その本は、薄い装丁の絵本で、どこか不自然に新しい印刷の匂いがした。
『君たちはどう生きるか』 by 吉野源三郎
その絵本は、『君たちはどう生きるか』というタイトルの本だった。アレンは不安な気持ちでその本を受け取り、ページをめくった。物語は、少年が人生の様々な問題や課題に直面しながら、どう生きるかを問い続ける内容だった。
「この本はね、アレン君。君がこれからどう生きるべきか、そして、勇者としての道をどう進んでいくべきかを考えるきっかけを与えてくれるはずだ」と、牧師はさらに強引に言葉を続けた。
アレンは手にした本を見つめながら、何とも言えない切なさを感じていた。自分の意志とは無関係に、周りの大人たちは彼を一つの「商品」として見ているような気がした。これで本当に、自分の人生が良くなるのかどうか、全くわからなかったが、断ることもできない自分の無力さが胸を締めつけた。
牧師は笑顔でアレンを見つめている。アレンはただ、その場で黙ってうなずくしかなかった。
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