俺が「神様から今日から勇者だって言われたんだ」とシルクに話したのは、家族の誰にも頼りにならないことを実感した時だった。父アドルと母メイは、神様に文句を言うために飛び出していったが、結局神様に平謝りされ、挙句に「お金も少し出せますから……」なんて言われた瞬間に、ほくそ笑んで「これ、チャンスだ!」なんて言い出した。もう完全にお金のことで頭がいっぱいなんだ。
俺はその場で「これ、ダメだな……」と悟り、仕方なく祖母のマキとユンのところにこの話を持って行った。けど、二人も二人で、「神様がお金を出すなら、そりゃやったほうがええやん」と軽く言ってくる。「最近、年金も少ないし、アドルの稼ぎもないしなぁ。アレン、ええ仕事見つけたな!勇者になったらお金も入るし、女の子にもモテるかもしれんぞ!」と、調子よく言われた瞬間、もう家族全員が金銭欲に取り憑かれていることを確信した。
それでも、となりのシルクに相談したのは、彼女が美人でスタイル抜群のお姉さんだからとかじゃなくて、シルクは少なくとも他の大人たちよりは冷静で物事をちゃんと見ている気がしたからだ。どこか賢そうで、俺の話を真面目に聞いてくれるんじゃないかって期待していた。
でも、シルクに話を全部した後、彼女の反応は俺の期待を裏切るものだった。
「ふふ、アレン、勇者になったんだ。すごいじゃない? 神様に選ばれるなんて、なかなかないことよ。お金がもらえるならそれに越したことないし、人生一度きり、楽しまなきゃ損でしょ?私も勇者の幼馴染がいる事を友達にも自慢できるし!」
――いや、これもダメだな……。
シルクまでこんなことを言うなんて、俺は完全に絶望した。どこを見てもお金、お金、お金。誰も勇者としての役割や使命なんて本気で考えていない。俺がどれだけプレッシャーを感じているかなんて、誰も気にしてないんだ。
そう思っていると、シルクが棚から何かを取り出して、俺に手渡してきた。それは一冊の絵本だった。
「これ、あんたにぴったりかもしれないわよ。読んでみて、勇者として何か考えが変わるかもしれないから。」
そう言って渡された絵本のタイトルを見て、俺は一瞬驚いた。タイトルは――
『どうぞのいす』
この絵本は、小さなウサギが作った「どうぞのいす」に、次々と動物たちが座り、持っていたものを置いて行ったり、他の誰かが残したものをもらったりするという不思議な物語だ。誰かに何かを与える行為が、自然と優しさの連鎖を生み出していくというメッセージが込められている。
シルクは俺をからかっているのかと思ったが、彼女の表情は真剣だった。「何かを与えることが、時に自分のためになることもあるのよ」と、シルクは穏やかに言った。
結局、俺はこの本を読んでみることにした。与えることと受け取ること、そのバランスが大切だという教えは、勇者としての役割にも通じるかもしれない。お金や名誉のために動くのではなく、誰かを助けるために動くことこそが、本来の「勇者」の姿なのかもしれない――と、少しだけ思った。
シルクがこの本を選んでくれた理由が、少し分かってきた気がする。
ただシルクの欲に満ちた目が、こちらを見つめていることをアレンは見逃さなかった・・・
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