俺は両親に「神様から今日から勇者だって言われたんだ」と話した途端、父アドルと母メイは激怒し、「なんでうちの子が勇者にならなあかんねん!」と息巻いて、すぐに神様に文句を言いに家を飛び出していった。あの時の二人の勢いは凄かったが、何よりも驚いたのは、その後の話だ。
数時間後、父と母が戻ってきた時、なんだか妙にニヤニヤしているんだ。何があったのか聞いてみると、「神様、あんなに偉そうなこと言ってたくせに、私たちが文句言ったらすぐに逃げ腰になったのよ!」と母メイが満足げに話し始めた。
「そうそう、もう平謝りで、『どうか息子さんに勇者になってもらえませんか?』って懇願してきてな」父アドルも笑いながら続けた。
その時点で、俺は少し違和感を感じていたが、次の言葉で確信した。
「でな、神様、『少しならお金も出せますから』って言い出したんだよ!これはチャンスかもしれないぞ!」と父が嬉しそうにほくそ笑んだ。母もニヤニヤしながら、「あれん、どうせやるんだったら、私たちも恩恵を受けられるようにしないとね」と言ってくる。
――あ、これはダメだな……。
俺はその瞬間、何かを悟った。両親はもう完全に「勇者」としての役割や使命なんかどうでもよくなっていて、神様から得られる見返りのことしか考えていない。もはや自分がどう思っているかなんて関係なくなってしまったのだ。
仕方なく、俺は祖母のマキとユンのところにこの話を持って行った。何か良いアドバイスでももらえるかと思ったんだ。けれど、二人もまた予想外の反応を示した。
「神様がお金出すって言うんなら、そりゃやったほうがええやんか」と、マキが言い出し、ユンも「最近、懐が寂しくて寂しくて年金も少ないしアドルの稼ぎも少ないし・・・ええ仕事見つけたな!ほんま、勇者になったらお金も入るし女の子のモテモテかもしれんぞ!!ちょっとでもええ思いせな!」と大賛成。
――ああ、この二人もダメだな……。
俺はその時、深い脱力感に襲われた。頼りになると思っていた大人たちが、全員お金に目がくらんでいる。誰も俺が勇者として何を背負うことになるかなんて、ちっとも気にしてない。もうどうしたらいいか分からない。
そんな時だった。いつも隣にいて、俺を見守ってくれている猫のマオが、静かに俺の足元に本を差し出してきた。マオは言葉は話せないけれど、目で「これを読め」と言わんばかりに本を押してくる。
俺はその本を手に取り、表紙を見て驚いた。それは――
『おおきな木』 シェル・シルヴァスタイン
この絵本は、一人の少年と一本の木の物語。木は、少年が欲しいものをすべて与え続け、少年が成長しても何もかも与えることをやめない。最後には少年に何も残らなくなるほど与えてしまうが、木は幸せだったという話。
「おおきな木」は、自分の犠牲を惜しまずに他者のために尽くす姿を描いている。時に与えることが幸せでもあり、また時に自己犠牲が重くのしかかることもある。
この本を読めば、俺も少しは考えがまとまるかもしれない。勇者としての役割も、もしかすると木のように他者のために尽くすものかもしれない。でも、どこかで自分を守ることも忘れちゃいけない――そんなことを、猫のマオはこの本を通して教えてくれようとしているのかもしれない。
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