「おい、あれん!今からお前は勇者だ!」という声が突然、頭の上から降りてきた。
――え?
一瞬、何が起こったのか理解できず、呆然と空を見上げる。誰もいない。だけど、はっきりとその声は聞こえた。「お前は勇者だ」と。
いや、待て。そもそも俺はそんなこと頼んでいない。普通に生きてきただけだ。何の準備も心構えもなく、いきなり「勇者」なんて言われても困る。俺が何をしたっていうんだ?
「ちょっと待ってくれ!」俺は声を張り上げてみた。しかし、その言葉は無駄に空気に溶け込んだだけだった。神様は一方的に話してくる。理不尽すぎる。
「おい、聞いてるか?俺は勇者なんてやりたくない!そもそも、そんな大それたことできるわけがないだろ。普通に生活してるだけで精一杯だってのに、いきなり勇者だなんて、冗談もいい加減にしてくれ!」
俺の心の中には怒りが湧き上がってきた。なんで俺なんだ?他にもっと適任な奴がいるだろう。強い戦士とか、伝説の剣士とか。俺はただの平凡な男だ。勇者なんて務まるわけがない。それに、やりたくないし、やりたくなくて当然だろう。命をかけるような戦いとか、そんな責任を負いたくない。
「俺は断る!勇者なんてやらない!」強い口調で言い放った。だが、神様は全く聞いてくれる様子がない。むしろ、その存在がどんどん俺に近づいてくるかのような圧迫感を感じる。
「いや、お前はやるんだ。これがお前の運命だからな」
――運命? 冗談じゃない。運命なんて、自分で決めるもんだろう。誰かに勝手に決められるものじゃない。神様だからって、勝手に俺の人生を決められる筋合いなんかないんだ。
しかし、神の声には抗えない力があった。まるで重たい鎖で縛られるかのように、体が動かなくなる。無理やり押し付けられる運命に対して、怒りと不安が混ざり合い、胸が苦しくなる。理不尽だ。こんなこと、どう考えても不公平じゃないか。
「やりたくない、やりたくないんだよ!」叫んでも、神様は冷酷な口調でこう言い放った。
「やりたくなくても、お前が選ばれた。だからやるしかないんだ」
その言葉が、俺の心に突き刺さる。選ばれた?それがなんだって言うんだ。選ばれたくない。普通の生活を送りたかっただけだ。毎日、平凡に暮らして、少しの幸せを感じて生きる。それで十分だったのに。
「なんで俺なんだ……?」静かに呟いた。周りには誰もいない。神様だけが俺を見つめている――いや、声だけが響いている。すべてが虚しい。抗おうとしたのに、何もできなかった自分が情けなくて、悔しくて、涙が出そうになる。
だけど、神様はそんな俺を容赦なく追い詰める。無理やりでも、俺を勇者にするつもりなんだ。
――仕方ない、もう逃げられないんだな。
心の中でそう思った時、すべてが静かになった。神様に逆らっても、何も変わらない。俺はもう、勇者としての運命を押し付けられたんだ。それならば、せめてやるしかない。やりたくないけど、どうせ拒否しても無駄なんだから、仕方なく受け入れるしかない。
だけど、気持ちがすぐに整理できるわけじゃない。自分が勇者になるなんて、想像すらしていなかった。いまだに信じられないし、何をどうすればいいのかもわからない。ただ、やらなければならないんだという漠然とした不安が、俺を支配していた。
「さあ、始めるんだ、あれん。これからお前は世界を救うために戦うんだ」
神様の声が再び響く。それを聞いた瞬間、体が動き出す。無理やり引き寄せられるように、勇者としての道が開けていく。仕方がない、これが俺の運命なんだ。どれほど嫌でも、やりたくなくても、逃れられない。
心の中ではまだやりたくない気持ちが渦巻いていたが、同時に少しだけ諦めが広がり始めていた。
そして、そんな理不尽な神様に選ばれ、仕方なく勇者にさせられた俺のような状況にいる「勇者」には、ぜひ読んでもらいたい絵本がある。
『モチモチの木』斎藤隆介
この絵本は、恐がりで臆病な少年が、どうしても勇気を振り絞らなければならない瞬間に直面する物語だ。やりたくないけど、やるしかない。そんな状況で少年がどのようにして勇気を出すのか、そしてその後の心の変化が描かれている。この物語は、やりたくなくても勇者としての役割を引き受けざるを得ない時、心の支えとなる一冊だ。
コメント